学園生活 初等部編
いよいよ、学園生活が始まった。
授業内容は多岐にわたり、魔学、護身、歴史、教養、薬草学と、どの科目も商家の娘では到底知ることのできない貴重な内容ばかりだった。
なにより、学園の生徒は学園内にある大きな図書室が自由に使えるのがワタシのお気に入りだ。
「エマちゃん。歴史の宿題大変そうだよ。この後、一緒に図書室で勉強しない?」
「そうね」
ワタシは、入学式でお友達になったフーちゃん(フランチェスカ)と基本的に行動を共にしている。
フーちゃんは、商家でありながら学園に入学するだけあって、賢く、真面目な子である。
特に歴史や教養など、ワタシの知らないことを良く知っているので頼りになる。
ワタシは魔学や薬草学など自分の興味のあること以外ではわりと知らないことが多いことを目の当たりにした。
パパは行商からの叩き上げの新興商家で教養は疎いし、ママは移民出身なのでこの国の風習全般で知らないことは多かった。
フーちゃんの家は、何世代か続く商家で貴族とも交友があり、教養もあった。
昼食などの時、礼儀作法で手間取っているとこっそりサポートしてくれるのでとても助かる。
一緒に図書室で歴史の宿題をする。
この国の王家発祥の歴史や貴族の功績等、「これでもか」と言わないくらいの大げさな歴史や伝説ばかり。
まあ、当然か……。
ワタシは歴史に飽きたので、マトメはフーちゃんに任せて魔法剣士が活躍する絵本を読んでた。
「まあ、絵本とはウィードにはお似合いですわね」
呼んでもいないのに、積極的に突っかかってくる美少女と取り巻き二人。
入学式の時、フーちゃんにぶつかっておいて、謝りもせず怒鳴り散らしていたあの子だ。
名前はリリーナ・ダイヤモンド。
伯爵家のご令嬢だった。
フーちゃんはめっきり苦手意識があるようで隣でびくついている。
ワタシは無視を決め込み、絵本に集中。
リリーナ嬢は面白くないのか「ふん」と言って去っていった。
(めんどくせー)
と思いつつ。
(女の敵は女か)
と思ったけど、女だけではなかった。
図書室で宿題を終え、フーちゃんのお迎えの馬車で家まで送ってもらえることになった。
校門前でお迎え馬車を待っていると、今度は男子の三人組が近づいてくる。
真ん中には金髪の整った顔の少年と後ろにモブっぽい少年二人。
ピリニャ・アーデルホルン。
伯爵家の嫡男である。
しかも、この国の伯爵家には序列があり、序列は第3位。
かなり、高位のお貴族様らしい。
「エマ。君は我々、貴族を無視する不届きな態度をとるとリリーナから聞いたよ」
ガキのくせに居丈高な仕草が板についている。
リリーナ嬢が告げ口でもしたのだろう。
(面と向かって無視するのは得策ではないか……)
「お貴族様を無視するなんて滅相もございませんわ。ただ、魔法剣士ゾンダークの絵本にのめり込んでおりまして。私、のめり込むと周囲の音が聞こえなくなりますの」
「魔法剣士ゾンダークか!」
以外にもピリニャが食いついた。
「私も、魔法剣士ゾンダークシリーズは全巻、所有しておるぞ!」
勧善懲悪のヒーロー物語は、貴族とは言え、少年の心をキャッチしているらしい。
「ピリニャ様――」
とモブ君の一人が冷静になるように促す。
「こほん」とピリニャは咳払いをして
「まあ、商家の娘だから分からないこともあろう。少しずつ学びたまえ」
(めんどくさ!)
そんなこんな(どんなこんなだ?)でワタシは貴族連中とあまり衝突しないように、のらりくらりと学園生活を送っていた。
貴族に物怖じしないワタシは、いつのまにか商家の子たちに一目置かれ、一般学生(ウィード)のリーダー格みたいになってしまった。
(本当は、みんな(貴族とも)と仲良くしたいのになあ)
しかし、ピリニャとリリーナが先頭になって、事あることにウィード勢に因縁をつけてきた。
この王国の貴族制度について、知ったことをまとめると、まず頂点に王族、そして4大公爵、公爵は4家しかいないらしい。その下に伯爵、伯爵位には序列があって上位の伯爵家は、公爵家に不祥事があれば降爵(こうしゃく)とういものがあり、上位の伯爵家は公爵に陞爵(しょうしゃく)する権利があるとのことだった。
そして、伯爵位の下に子爵位があり、新興貴族など下級貴族扱いとのことで、大金持ちの商家が子爵になることもあるという。ちなみにお馴染みの男爵位はこの国には無かった。
ということで、上級貴族である伯爵家はこの学園でもプライドが高く、えばってるって感じ。
そして、そのプライドを大きく傷つける事件が勃発する。
それは、ワタシが得意な魔学でのこと。
魔学の先生は、貴族ではなく王国魔道部隊出身の軍人あがりだった。
だからか、貴族の子女であろうと商家の子女であろうと平等に接してくれる。
分け隔てなく、教えてくれるのでワタシの魔法技術は飛躍的に伸びた。
女神さまからのギフトだろうと思うけど、ワタシには魔法の元となるマナの流れが映像として見えた。
これ、最初はみんな見えると思っていたけど、特別な才能みたい。
そして、商家の子供としてはありえないほどの魔力量があった。
一般的に魔力量は、貴族の子供が圧倒的に多い。
貴族が王国の国防で活躍した騎士や魔法師から連なっていることを考えると当然と言えた。
だから、貴族の子女は魔法実戦に絶対の自信を持っている。
しかし、初等部最終学年の期末試験。
魔法を使った対戦形式の実地試験で先生は貴族でもっとも実力のあるピリニャとウィードでもっとも実力のあるワタシを対戦させたのだ。
(勝ったら勝ったでめんどくさそう……)
と思ったワタシは、程よく頑張って負けるつもりだった。
「では両者、全力を尽くしたまえ!」
先生の号令で試合が始まる。
初等部で実践試合は初めてのことだ。
試験が行われたのは、学園の屋外演習場でとても広いグランドみたいな場所だった。
「エマ。女性の君に刃を向けるのは気が向かないが、貴族の誇りにかけて負けるわけにはいかない」
そう言って、ピリニャは炎の球を形成した。
貴族は攻撃魔法が得意。特に男子は派手な炎魔法を好む。
ピリニャも貴族の子女らしく豪快な炎魔法を得意とした。
対して、ワタシは攻撃魔法が嫌いだった。
もともと、暴力に嫌悪感がある。
だから、ワタシが得意なのは防御魔法と治癒魔法とあと内緒のエッチな魔法だった。
「れりゃー」
ピリニャの気迫とともに炎弾が放たれ、ワタシに迫る。
ワタシは、瞬時に防壁を形成。
ワタシが得意な水魔法の防壁だ。
ジュっと音をたて、炎弾は水の防壁で消失した。
「ぬう。これならどうだ」
今度は、より巨大な炎弾を練りこんでいる。
(うわあ~。ただの水防壁だとぶち抜かれるかな)
ワタシは、最近開発した防壁魔法を使うことにした。
前世の仕事で大変お世話になったアイテムにエアマットがある。そう、ローションを絡めて、ヌルヌル気持ちいプレイをするあれである。
ワタシは、そのエアマットを粘性のある水魔法で造ることに成功していた。
エッチなプレイに役立つと思って、造っていたのだけれど弾力のある空気の層を有した水の防壁は防御面でもかなり優秀なことに気づいてしまった。
ピリニャもめいっぱい炎弾に魔力を込めているので、ワタシもめいいっぱい魔力を練りこんだ。
「貴族の威信にかけて、圧倒的に勝たせてもらう!――てりゃ~!」
ピリニャが炎弾を放った。
「エーギルズウォール(水の女神の水壁)!」
ワタシも、それっぽく唱えて、それっぽくポーズを決める。
炎弾は速度を増して水壁に衝突する。
「あっ!?」
ワタシのイメージでは水壁が炎弾を包んで、消火してくれると思っていたけど、魔力を練りこんだ炎弾は弾力のある水壁に弾かれ、放ったピリニャに向って弾き飛んだ。
「うわあ!」
攻撃ばかり得意のピリニャは、思わぬ反撃にその場でうずくまる。
そして、炎弾はピリニャの近く、大股で3歩ほどの距離で爆裂した。
「うがあ~」
ピリニャの背中が焼かれる。
ワタシはすぐに駆け寄って、冷却したローション魔法で消火し、続けてに治癒魔法を発動し被弾した傷を癒した。
あわてて、先生も駆け寄って来る。
「見事だエマ君。防壁魔法もさることながら、治癒魔法も完璧である!」
とっさの対応ではあったけど、ケロイド状に焼けただれた背中の皮膚も綺麗に再生することができた。
(あぶねー)
授業中の事件とは言え、お貴族様に一生の傷を負わせたとなったら、どうなっていたことか……。
「「おおー。さすがエマだ」」
先生のワタシを称賛する言葉に呼応して、特にウィードの生徒たちの称賛の声が上がる。
「ピリニャ様、大丈夫ですか?」
ワタシはピリニャに声をかける。
「……エマ。ぐぐぅ……」
ピリニャの顔は、怒りと羞恥で歪んでいる。
(ヤバい。勝ってしまった時点でアウトだったぽい)
貴族の子女と私たち一般学園生(ウィード)の溝はより深まり、中等部へと進学するのだった。