来来来世(前編)
作:星乃乙人
待ち合わせ場所になっている駅のモニュメントの前で、目印にしたオレンジ色のトートバックを右肩にかけ相手が見つけてくれるのを待つ。
約束の時間になると、一人の男が声をかけてきた。
私は、ナンパされるような年齢でも、容姿でもない。
だから、声をかけてくるのは十中八九、マッチングアプリで知り合った男だ。
「リリモカさん?」
「はい。ナルトさん?」
お互いをニックネームで呼び合う。
「じゃあ。僕の車、近くの駐車場に停めてるから――。行きますか」
「はい」
お互い、プロフィールの写真は盛っているのは了承済み。
ナルトの容姿は、あまりこだわりのない私にとっては許容範囲だった。
相手は私のことをどう思っただろう?
写真より、おばさんだと思われただろうか?
まあ、相手も同じ年くらいだから「おばさん」呼ばわりされる言われはない。
彼の車に乗ってホテルへ。
私は、あと腐れないない相手とセックスできれば言うことはない。
若いときは、職場の上司と不倫したこともあるが、最後はお決まりのドロドロの修羅場が待っていて最悪だった。
そう考えるとマッチングアプリはちょうどいい、後腐れないし。
私は人並み以上に性欲が強いらしく、身体がセックスを求めてしまう。
郊外のラブホテルに入る。
車があるなら郊外のホテルが便利だ。
部屋に入ると、一緒にシャワーに入る。
ナルトは、私の身体を洗いながら、全身を愛撫してくれた。
私もお返しにペニスをアワアワにして洗い、手こきした。
「はあ、はあ、気持ちいよ。リリモカさん」
「ナルトさんのペニスもすごくおっきい」
褒めると、ナルトはより興奮するらしく、鼻息を荒くしてねっちりと愛撫してくれる。
私はこれと言ってスタイルが良いわけではないが、男はスイッチが入るとあまりスタイルなどは、気にならないのではないか。
胸を愛撫しながら私の乳首にしゃぶりつき、転がされる。
「あう。あん。乳首スキ」
初対面の男とセックスする場合、自分の性感帯は積極的に伝える。
お互い気持ちよくなれるから合理的だ。
「あと、クリトリスもスキ――」
「リリモカさん。エッチだね」
ナルトは私のクリトリスを乱暴に転がす。
「もっと、優しく……」
クリトリスはフェザータッチが基本。
「あん。そう、優しくがスキ」
続いて、膣に指が入ってくる。
「あん」
私もナルトのペニスをしごく。
お互いの性器を愛撫しあいながらディープキスをする。
キスは脳が痺れて何も考えられなくなるから好き。
ナルトが我慢できなくなってきたのか、ペニスを膣口にこすりつけてくる。
そして、バックで入れようとしてきた。
このままでは生で入れられてしまう。
最近の男は、アラフォーおばさんなら生でできると思っているのだろうか。
脳みそが蕩けながらも、冷静な自分もいた。
「ベッドがいい」
バスタオルで身体を拭きあい、ベッドへ誘う。
ナルトのペニスを口で奉仕。
「はう。リリモカさんのフェラ、すごく柔らかくて気持ちいい」
「ナルトさんのペニスはすごくカチカチ」
カチカチになったペニスにコンドームを装着する。
私が上になって騎乗位で合体。
「あぁぁぁぁ……」
男と繋がっていると、自分が無敵になったような万能感を味わえる。
気持ちいい場所に当たるように自分で調整して、前後に腰をグラインドさせた。
「リリモカさん。その腰の動きめっちゃエロい」
「あん、あん、あん、ああああ、あ、私、騎乗位には少し自信あるの――。あん、あん、あうん」
ナルトは私の胸を揉みながら乳首を弾く。
「あん!乳首スキ!続けて!あん、あん、あん、あああ」
膣中の刺激と、乳首の刺激に加えクリトリスも擦れるように位置を調整する。
「あぁぁぁぁ!いく、イク、イク」
3か所から押し寄せる甘美な刺激で私はイった。
そのあとは、正常位へ。
ナルトはあまりセックス慣れしておらず、AV男優みたいにガンガンと腰を打ちつけて果てた。
正常位はいまいちだった。
別々にシャワーを浴びチェックアウト。
最寄りの駅まで車で送ってもらう。
車の窓からぼうと景色を見て過ごす。
ナルトがお気に入りの曲を流している。
知らない歌だった。
ステレオから流れる曲を聞きながら、景色を眺めていた。
そして、それは唐突に視界に飛び込んだ。
郊外の、人が居ようはずのない、国道淵に青白い顔をした男が立っているのが……。
マサトだ。
おそらくニックネームだが、6ヵ月前マッチングアプリで知り合って、2ヵ月前に自殺した男が……。
マサトの霊が見えるようになってから、不眠の症状が始まった。
心療内科を受診して睡眠導入剤を処方してもらった。
しかし、日常のあらゆる場面に現れるマサトの姿。
話しかけてくるわけでもなく、ただ私を見ている。
ある時は、仕事中、オフィスの誰もいないはずのデスクに座って、私を見ていたり。
カフェでコーヒーを飲んでいれば、板ガラスの向こうからじっと見つめている。
マッチングアプリで男と待ち合わせ場所でも私をじっと見ていた。
無視しようとしても、視界に入れば目で追ってしまう。
霊災害……。
2025年。地球規模で起こったわずかな地軸のずれに端を発し、日本中で霊現象が多発した。
子供のころから、まったく心霊体験に縁のなかった私ですら、マサトはくっきりと見えた。
マサトはホラー映画に出てくるような幽霊のように、怨念を振りまいてにじり寄ってくるようなこともない。
ただ、近くに居て、私を見ている。
それだけなのに、それは私の精神をきりきりと蝕んでいく。
「もう消えて!」
精神は限界に来ていた。仕事帰りの夜道で、ただ付いてくるマサトに向って私は振り向きざま叫んだ。
「え?僕、ですか?」
「?」
マサトに言ったつもりが、いつの間に後ろを歩いていた関係ない通行人の男性に叫んでしまったようだった。
「ごめんなさい」
あわてて、謝罪する。
「ひょっとして、あの電柱の陰に隠れている。男の人に言ったのですか?」
この男性には、マサトが見えているらしい。
「おせっかいかもしれませんが、もし霊現象でお悩みなら」
そう言って男性は、名刺を差し出す。
「祓師 REIKA事務所」
「助手」
「星乃知人」
新しく制定された国家資格、祓師の事務所で働いているらしい。
「いやぁ、ついに僕も名刺を作ってもらいまして、嬉しいものですね」
ぽりぽりと頭をかくしぐさが可愛い。
「祓師は女性の方?」
「はい。玲花さん若い女性の祓師ですが、乙種2級。実力は申し分ありません」
週末、仕事を半休にして祓師事務所に相談に行くことにした。
祓師は国家資格。
とは言え、初めてのことなのでレビューサイトなどで下調べした。
ネットでの評判は賛否両論。
★5と★1が混在するカオスな評価だった。
「REIKA様マジ、女神!」とか、チャラい評価から
「失礼千万。もう絶対行かない」まで様々だ。
さびれた商店街を進むと、目当ての古い雑居ビルが佇んでいた。
ビルのテナント案内板にはしっかりと事務名が入ってる。
リノリウムが所々はがれたレトロな階段を上り、じめっとした廊下を進むと金属製のドアに「祓師 REIKA事務所」のプレートを見つける。
特にインターホンが見当たらないので、一応ノックしてみる。
金属製のドアをノックすると手が痛い。
ドアが開いた。
「あっ。先日の」
ドアを開けたのは、先日名刺をくれた星乃だった。
「どうぞ、どうぞ、お入りください」
中に案内される。
事務所のなかは、昭和レトロな調度品で統一された空間だった。
私は平成生まれだけど、なんか懐かしい。
キャラメル色の二人掛け革張りソファーが、テーブルを挟んで並んでいる。
ソファに座るように勧められ、星乃はいそいそとお茶を入れテーブルに置いた。
「うちの祓師は学生でして、もうすぐで参りますが助手の私が、先に相談内容をヒアリングさせていたさきます」
「あっ。はい。お願いします」
ある程度調べていたので知っていた。
祓師REIKAは女子高生らしいと。
祓師にはランクが甲乙丙とあり、乙種以上でなければ、一人で仕事を受けることが許されていないらしい、つまり、女子高生でありながら相応の実力を持っていることになる。
「では、伺います。あなたが悩まされている男性の霊について」
マサトとの出会いは、マッチングアプリだった。
新型コロナが流行していたこともあり、オンラインでのデート。
彼はおそらく20代半ば、対する私はアラフォー。
若い男とエッチに遊んで、それで十分なはずだった。
しかし、彼は心に闇を抱えていた。
彼とは直接会ったことはなかったが、オンラインのデートは頻繁に行っていた。
バイブやオナホを使ったリモートでのセックスで一緒に果てた後、マサトが唐突に「リリモカさん、一緒に死のう。一緒に死んだら来世でも一緒になれるよ。このクズみたいな時代じゃなくてもっと幸せな時代で一緒になろうよ」と言った。
私もノリで「それもいいかも」と返してしまった。
彼は、その週末にはレンタカーを手配し、練炭自殺や飛び込み自殺など具体的な自殺計画を提案してきた。
怖くなった私は、連絡手段をすべてブロックして削除した
。
自殺計画に記されていた埠頭で、若い男性がレンタカーで自殺していたとうネット記事を目にしたときは、全身の毛が逆立つような恐怖に襲われた。
そして、2ヵ月過ぎた頃より、私の目の前にマサトが現れた。
私が、語るマサトとの出会いから最後までを星乃はノートパソコンに記録していく。
ひととおり語ると喉が渇き、星乃が出してくれたお茶で潤した
一息ついたとき、重いドアが開いた。
「もう、このドア無駄に重い~!」
女子高生が文句を言いながら入ってくる。
小さな顔には気の強そうな大きな瞳に、黒い艶やかな長い髪は腰まである。
襟元にリボンのついた制服のスカートから細い長い脚が伸びる。
ネットの噂やレビューにも美少女とあったが想像以上の美しさだった。
マッチングアプリでこんな美少女に出会えたら相手がどんなイケメンでもテンションが上がるだろう。
初回デートで、あからさまにため息をつかれたことのある私としては嫉妬すら覚える。
「佐藤玲花です」
そういって、彼女は名刺を差し出す。
流れるような所作には舞妓のような品と可憐さがある。
「星乃、ありがと。だいたい読んだ」
そう言って玲花は右手に持ったスマホをふりふりとさせた。
星乃が纏めた相談内容をメールで送っていたのだ。
なかなか迅速な対応である。
「それで、私はこの依頼お受けできますが、いかがしますか?」
玲花が訊いた。
「あっ。お願いします」
料金の説明や契約など手続き関係は星乃が受け持ちらしく、わかりやすく説明してくれ問題なく進んだ。
そして、玲花は隣室で着替えて戻ってきた。
祓師の戦闘服みたいなものなのだろうか。
山伏が着ているみたいな身動きがしやすそうな着物だが、造りがコスプレ衣装みたいに女子高生らしい「可愛さ」も取り入れられている。
そして襟元には十六菊花紋の銀の記章が輝く。
着物は和製美少女によく合っていた。
「祓いに立ち会うこともできるけど。どうします?今回のケースみたいなオナニー野郎を祓うときって、あまり感動的なお別れにならないよ」
可愛い顔して結構な露骨な表現をつかう。
マサト、は直接はあったことはなかったけど、リモートでは何度もセックスを愉しんだ仲ではある。
それに、私との関係が彼を自殺に進ませたのではないかとの引っ掛かりもあった。
「できるなら、立ち会いたいです」
「分かった。悪霊になると厄介だから早いほうがいい。今日、決着させるよ」
「悪霊?」
「マサトって奴がどこで、どう勘違いしたのかは知らないけど、自殺した霊に来世は望めない……地縛霊になってこの世をうろうろするだけ。そして、怨念や動物霊を取り込んで悪霊になることがある。そうなるとちょっと面倒になるのよね」
「わかりました。すぐにでもお願いします」
「ちょっと、とっちめるから結界内で祓うつもりです。星乃いい?」
そう、玲花が言うと星乃がカチカチとノートパソコンを操作して返答する。
「玲花さん。結界内、19番地押さえました」
星乃がそう言って、立ち上がる。
結界内で使用するエリアをオンライン申請できるようだ。
「オッケー。じゃあ、準備してすぐに行こう」
玲花はやる気満々と言った様子だ。
2025年以降、人口の大きな都市には、所々にこの「結界」というものが作らている。
日本中に広がった霊災害を完全に封じることはできないので「一か所に集めてしまえ」という対策のようだ。
かくして、マサトの「祓い」に立ち会うこととなった。